民主党が夫婦別姓の導入に動き出した。
断固反対だ!
民主党の政策は基本的には支持するが、すべてお任せというわけではない。
長野五区の民主党の青二才も夫婦別姓を選挙公約に入れようとしたので外させた。
この制度は利己主義の極みだから認めるわけにはいかない。
自己の権利を主張するだけであって、最も重要な子供の権利を踏みにじっているからだ。
民主党案では、複数の子供が生まれた場合、その都度姓を選択できる。
子供は選択する能力をもたないから、親が勝手に名字を選んでしまう。
家族で、兄弟で、名字が異なるなんて「家族」とは言えない。
女は結婚したら男の姓に変えるのが当然だ、とは思わない。
結婚して家族を作ろうとするときに、どちらの姓でも選択できるのだから不公平はない。
夫婦同姓は、家であり、家族が基本単位の考え方だと思う。
一方、夫婦別姓は個人が基本単位だ。
個人主義に走りすぎると社会は殺伐とし、他者の利益よりも自己のエゴが勝る社会が形作られる。
田舎だと名字の前に「屋号」があって、まさに家が人の存在を位置付けている象徴だ。
都会に近づくほどに、個人が尊重されるようになるから家の重要性はないがしろにされる。
民主党の議員は、ここの青二才に象徴されるように都会暮らしで、人の暮らしの根源というものがまるでわかっていない者が多い。
知識としての社会構造を机上の空論としては理解しているかもしれないが、日本の風土に根差した家の価値を理解しているわけではない。
民主党は農家への戸別所得補償で農村の機能維持を狙っているかもしれないが、農村は家があり、集落があって、共同体として機能している。
農業経営が成り立てば農家が持続可能となるわけではない。
農家は名字ではなく屋号で呼ばれることがほとんどだ。
家人ではなく家が人の呼称となっている。
個人の前に家があって社会が成り立っていることの証しだ。
民主党には「コモンズ」を提唱した新党日本の田中康夫が参加している。
民主党の青二才のエリートたちに、共同体のなんたるかを説いてもらいたい。
夫婦別姓の次には戸籍の廃止が隠されている。
日本の社会の仕組みを根本から破壊するつもりなのか。
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